香る米焼酎 山鹿

香る米焼酎 山鹿

香る米焼酎
吟造り『山鹿』誕生。

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『一』

杜氏・武田俊久は、日本酒の人でした。
大学の応用微生物工学科で学んだ後、
400年の歴史を誇る灘の櫻正宗にて7年間、
日本酒造りに従事。
国税庁醸造試験所で原料米の研究をする中で、
焼酎製造技術者の先駆者である西谷尚道氏と出会い、
人生が動きます。
酒造りの真髄を知り、感銘を受け、
もっともっと酒造りを極めたいと「千葉栗源研究所」へ。
酒類の研究開発に携わりはじめました。

『一』灘 『一』灘

『二』アメリカ

カリフォルニアワインの一大生産地・ナパ。
武田は、千葉栗源研究所がプロデュースする
酒類関連会社でアメリカ人向けの
日本酒製造に携わっていました。
技術者としての評価は高く、
醸造所にはなくてはならない存在でしたが、
本人は悩んでいました。
自分が造りたいのは、こういう酒ではない。
日本人として、日本の酒が造りたいと
思いはじめるのでした。

『二』アメリカ 『二』アメリカ

『三』田苑酒造

日本に戻った武田は、VinEx.coでの
技術者としての指導期間を経て
田苑酒造の第2工場長(熊本)に就任。
田苑酒造は、音楽仕込みや樽貯蔵など
独自の造りで、唯一無二の焼酎を
生み出してきた蔵元ですが、
そのルーツは1890年に創設された
塚田醸造場の「玄米焼酎」にありました。
米と黄麹が醸し出す、豊かな香り、深い味わい…。
いつか自らが思い描く最高の米焼酎を造りあげたい。
田苑酒造の奥深くに根付いていた米焼酎への思いが、
ふつふつと沸きあがっていました。

『三』田苑酒造 『三』田苑酒造

『四』熊本

そこで武田は、田苑酒造の第二工場であった
熊本工場の独立を志願。
自分のすべてを注ぎ込んだ
米焼酎を造りたいとの思いからです。
大学時代を過ごした第二の故郷・
熊本は九州の米どころで、米と水が豊かなところ。
これまでの自らの英知を結集した理想の、
最高の米焼酎をめざす思いが、
この地で、いよいよ現実のものとして
第一歩を踏み出したのです。

『四』熊本 『四』熊本

『五』山鹿

山鹿は熊本県北部に位置し、
名水100選に指定される菊池渓谷を源流とした
菊池川の恵みにより、古くから稲作が盛んでした。
この地域で産出される食用米「ヒノヒカリ」は、
全国食味ランキングで
3年連続して特Aを受賞しています。
また山鹿には参勤交代路であった「豊前街道」が通り、
国指定重要文化財に指定される
芝居小屋「八千代座」が残るなど
江戸の文化が息づく風情あふれる町でもあります。
武田は、山鹿こそ、日本の酒、世界に誇れる米焼酎を
造れる地だと確信するのでした。

『五』山鹿 『五』山鹿

『六』吟醸酒×米焼酎

過去に、日本酒造りで培ってきた
武田俊久の知恵と技。
長年、焼酎を造り続けてきた田苑酒造の知恵と技。
ふたつが、シンクロしはじめます。
この環境ならば、自分が思い描いてきた
最高の米焼酎が造れるのではないか。
吟醸酒造りの技と焼酎造りの技がコラボすることで、
日本酒の吟醸香を宿した
米焼酎が造れるかも知れない。
吟醸酒を造るように米焼酎を造ろう。
武田は、そう決意したのでした。

『六』吟醸酒×米焼酎 『六』吟醸酒×米焼酎

『七』蔵人

杜氏・武田の右腕として選ばれたのは、
これまで酒造りに関わったことのない二人です。
酒造りに関してはまったくの素人でしたが、
ものづくりには強い憧れを抱いていました。
今までにない斬新な米焼酎を造るために、
あえて酒造りの常識や固定観念にとらわれることのない
無垢な蔵人を要したのです。

『七』蔵人 『七』蔵人

『八』全麹吟造り

香る米焼酎の頂点をめざして、
さまざまな造りを行ない、試行錯誤を繰り返しました。
その中で、香りが立ちすぎると
米の旨みを感じにくくなる、
香りに負けない旨みこそが重要であることを実感。
そうして辿り着いた答えが全米麹でした。
原料はもちろん熊本県城北産ヒノヒカリ100%。
麹の力を最大限に用い、
吟醸酵母による低温発酵を行ない、
さらには田苑酒造の音楽仕込みが加わりました。
上等な吟醸酒のフルーティな香りと
米本来の旨みがあり、
焼酎ならではのキレを併せ持った
新しい米焼酎が生まれたのです。

『八』全麹吟造り 『八』全麹吟造り

山鹿ボトル

香り、高く。旨み、深く。
香る米焼酎『山鹿』

全米麹焼酎『山鹿』。
華やかな香り、深い旨みが、山鹿の栄華と響き合います。

品目
本格焼酎
原材料
米麹(全量:熊本県城北産 ヒノヒカリ)
内容量
720ml
アルコール分
28度
容器
価格
2,315円(税別)
種麹
白麹
蒸留方法
減圧蒸留